ありがとうございました

1987年11月21日
日本ではこの日を機に空前のスキーブームが巻き起こる
『私をスキーに連れてって』の上映が始まった日
あんなようなブームは今後ないだろう、絶対に
世の中はバブル絶頂期

18歳になるこの年、高崎にスケートボードショップができたと、スケート友達とその店に
一風変わった髪型のオーナーと話していると、「スノーボードって知ってる?」
それまで、原宿まで行かないとスケートも買えなかった時代
その原宿の店のブラウン管に流れていたビデオに釘付けになっていたことを話すと
「今年の冬一緒にやらないかい?」と

僕の家族はスキーもやらないし、高校生だし周りに雪山に行く環境がないと言うと、「連れてってやるから、やろうよ」
その一言で、僕の人生が変わることになる

そして、道具選び、何にもわからない自分に
「アルペンかオールラウンドどっちがいい?」
「ブラスチックのブーツか、ソレルかスノトレで滑るのどっちがいい?」

そして、買ったのがこの写真の「BURTON CRUZER 165」(当時はビンディングとセット販売だった)とソレルのマッキンレー
モスバーガーとイトーヨーカドーのショッピングカート集めのバイト代だけでは到底買うことのできない高価な遊び道具
家に戻り母に相談すると、父には内緒でとヘソクリを…

そんな雪が降るのを待ちわびて、毎日のように学校から帰ると明け方までスケートボードに乗りまくっていた日々
そして、11月
店のオーナーが住む隣の町まで、早朝母に車で送ってもらい、初めての丸沼高原スキー場のブルーコースをこの板で滑った
なんだろう、この自由な感覚、だけどうまく曲がれないし、ボトムが超コンベックスになっているのでターンをしようとすると、すぐに後ろ向きになってしまう…おもしろいものを手に入れた

世間が私をスキーに連れってってブームで浮かれる中
スキー場にいるスノーボーダーの数は、両手の指に満たないほどのごく少人数

あの時代だったからこそ今も続けているのだと思う
あの頃を知っているから、今のそのような楽しみ方を追い求めているのだろう
与えられたのは、この板とソレル
あとは無限の自由
楽しみ方は自分次第だと言うこと

そんな遊びをこの世界中にここまで広め築き上げてくれたのは、このジェイクバートンさんの功績だっただろう
そんなジェイクさんが、昨日11月21日に永眠したとニュースで知った

私をスキーに連れてっての公開日
自分がこの板で初めて丸沼で滑ったのも、32年前の確かこんな時期だった

人生を変えるきっかけを本当にありがとうございました
安らかにおやすみください

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